ぼてぢゅうグループの歴史 2
高度成長期とぼてぢゅう のモダン焼
HISTORY OF BOTEJYU 2

高度成長期の大阪と東京への進出

大阪は戦争による老廃と混乱から驚異的なスピードで復興し、日本経済を牽引し、日本をGNP 世界第二位の地位につかせました。
その当時の大阪では「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、高度経済成長を成し遂げ
アメリカに次ぐ経済大国となった日本の象徴的な意義を持つイベントとして、大阪府吹田市の千里丘陵で万国博覧会が開催されました。

東京1号店 ぼてぢゅう 渋谷店 (1965年6月13日開業)

高度成長期とモダン焼の誕生

戦後の混乱期を乗り越えて、日本経済が飛躍的に成長を遂げた高度経済成長期。
日本が活況を呈していたその時代にモダン焼は生まれました。
当時戦争でゼロになった街や産業を復活させるために、国民は一致団結して経済の復興を目指して、日夜仕事に追われていました。
若い労働者が多かったこともあり、安くてボリューム感のあるメニューが人気を博していました。
当店でもお客様のニーズにお答えするべく、新規のメニューを開発していました。
その当時の従業員のまかないメシからヒントを得た、お好み焼と焼そば両面の要素を凝縮したメニューであるモダン焼は
当時の時代背景にマッチしたこともあり大阪で急速に広がっていくことになります。
現在では大阪を代表するご当地メニューとして広く愛されています。

地域活性化とご当地グルメ

ぼてぢゅうは大阪のご当地料理である、ソース料理の普及定着に尽力してきました。
大阪の味を一人でも多くの皆様に召し上がって頂きたいとの想いから、多くの方々が利用される商業施設を中心に店舗展開をおこなってきました。
しかしここまで来た過程は決して平坦ではありませんでした。
お好み焼が評判になると、お好み焼風という偽物や、お好み焼の知識のない地域でセルフスタイルの店舗を展開するなど、
目先の利益を優先させる業者が増え、本物の美味しいお好み焼を召し上がって頂くことが非常に難しく、誤解されることも多々ありました。
そんな時代を経験したからこそ本物へのこだわりを強く持っています。
日本には大阪同様に地域で愛されてきた多くのご当地グルメがあります。
近年のご当地グルメブームで注目を集め、地域活性化に成功している地域もあります。一方評判になることで、
彼らもまさに当店が経験したものと同じ思いに苛まれています。
そこで当店では、自社のノウハウと資産を活用してご当地グルメの普及と地域活性化を支援しています。
日本全国の本物のご当地グルメを皆様にお召し上がり頂くために、ご当地グルメの認証団体にスタッフを
派遣し講習を受講、指定のレシピと指定の食材を使い本物のご当地グルメを提供しています。

ご当地グルメ活性化について詳しく知る